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| ?ウンシュウミカン | |||||||||||||||||||||
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ウンシュウミカン |
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| 分類 | |||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||
| Citrus unshiu Marc. | |||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||
| ウンシュウミカン(温州蜜柑) |
ウンシュウミカン(温州蜜柑、学名:Citrus unshiu)は、ミカン科の常緑低木。またはその果実のこと。様々な栽培品種があり、食用として利用される。
日本の代表的な果物であり、冬になれば炬燵の上にミカンという光景が一般家庭に多く見られる。単に「ミカン」と言う場合も、普通はウンシュウミカンを指す。
甘い柑橘ということから漢字では「蜜柑」と表記される。古くは「みっかん」と読まれたが、最初の音節が短くなった。
欧米では「Satsuma」「Mikan」などの名称が一般的である。 タンジェリン(Tangerine 学名:Citrus reticulata)・マンダリンオレンジ(Mandarin orange 学名:Citrus reticulata)とは近縁であるが別種である。
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柑橘の名産地であった中国浙江省の温州に因んでウンシュウミカンと命名されたが、日本原産種と推定される。一般に鹿児島県原産とされることが多い。
ウンシュウミカンは主に関東以南の暖地で栽培される。温暖な気候を好むが、柑橘の中では比較的寒さに強い。5月の上~中旬頃に3cm程の白い5花弁の花を咲かせ、日本で一般的に使われているカラタチ台では2-4mの高さに成長する。
果実の成熟期は9月から12月と品種によって様々で、5-7.5cm程の扁球形の実は熟すにしたがって緑色から橙黄色に変色する。一般的に花粉は少ないが単為結果性のため受粉が無くとも結実する。自家和合性であるが受粉しても雌性不稔性が強いため種子を生じ難く、通常は種なし(無核)となる。ただし、晩生品種は雌性不稔性が弱いことから、近くに甘夏等の花粉源があると種子を生じることがある。生じた場合の種子は多胚性で、播種しても交雑胚が成長することはまれであり、ほとんどの場合は珠心細胞由来の珠心胚が成長する。そのため、種子繁殖により母親と同一形質のクローン(珠心胚実生)が得られる。ただし、繁殖効率、未結実期間の短縮、樹勢制御、果実品質向上等のため、日本では通常は接木によって繁殖を行う。台木としては多くはカラタチが用いられるが、ユズなど他の柑橘を用いる事もある。
9月から10月に掛けて収穫される。1970年代に発生したオイルショックを受けて、ハウス栽培における石油消費量を減らす目的で研究が進められるようになった。
10月から12月に掛けて収穫される。比較的単価が高いことから中生や普通温州からの切り替えを進める産地もある。
11~12月頃に収穫される。
1月以降に収穫される。特に遅く出荷される品種(青島や十万など)は晩生温州として区別される。
日本で最も消費量の多い果実であったが、近年の総務省の家計調査では一世帯あたりの購入量においてバナナに抜かれて二位に転落している。
ウンシュウミカンの生産量は首位を争う和歌山県と愛媛県が特に多く、静岡県が続く。主な産地の殆どが太平洋や瀬戸内海に面した沿岸地である。
近年は保存技術の向上と共にビニールハウスや温室で栽培されたハウスみかんも多く流通し、ほぼ一年中目にすることが出来る。
海外では、スペインやトルコ、韓国の済州島などでも栽培されている。
柑橘の原種は3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし、様々な種に分化しながらミャンマー、タイ、中国等へ広まったとされる。中国においては古くから栽培が行われており、戦国時代に完成したとされる文献『晏子春秋』には「橘化為枳」(橘、化して枳と為る。境遇によって元の性質が変化する事の意)との故事が記されている。
日本にはタチバナと沖縄にシークヮーサーが原生していたが、3世紀の日本の様子が書かれた『魏志倭人伝』には「有薑橘椒蘘荷不知以爲滋味」(生薑、橘、山椒、茗荷が有るが、それらを食用とすることを知らない)と記されており、食用とはされていなかったと考えられる。
日本の文献で最初に柑橘が登場するのは『古事記』『日本書紀』であり、「垂仁天皇の命を受け常世の国に遣わされた田道間守が非時香菓(ときじくのかくのみ)の実と枝を持ち帰った(中略)非時香菓とは今の橘である」(日本書紀の訳)との記述がある。ここでの「橘」はタチバナであるともダイダイであるとも小ミカン(ヤツシロミカン)であるとも言われており、定かではない。
その後も中国からキンカンやコウジ(ウスカワミカン)といった様々な柑橘が伝来したが、当時の柑橘は食用としてよりもむしろ薬用として用いられていた。
ミカンとして最初に日本に広まったのはキシュウミカンである。約800年前に中国原産の小ミカンが肥後国八代(現熊本県八代市)に伝わったのが元であり、それが紀州有田(現和歌山県有田郡)に移植され一大産業に発展したことから「紀州」の名が付けられたとの説の他、元々紀州有田に自生していたという説等がある。また江戸時代の豪商である紀伊国屋文左衛門が、当時江戸で高騰していたミカンを紀州から運搬し富を得たことでも有名である。
ウンシュウミカンは当初「長島蜜柑」「唐蜜柑」等と呼ばれていたが、種子を生じない性質から武士の世に在っては縁起が悪いとされ、ほとんど栽培されることはなかった。しかし江戸時代後期よりその美味と種なしの利便性から栽培が行われる様になり、明治時代以降から徐々にキシュウミカンに取って代わる様になった。「温州蜜柑」との呼称が一般的になったのもこの頃である。
農学博士の田中長三郎は文献調査および現地調査から鹿児島県長島(現鹿児島県出水郡長島町)がウンシュウミカンの原生地との説を唱え、1936年に当地で推定樹齢300年の古木(太平洋戦争中に枯死)が発見されたことからこの説で疑いないとされるようになった。発見された木は接ぎ木されており、最初の原木は400~500年前に発生したと推察される。中国から伝わった柑橘の中から突然変異して生まれたとされ、親は明らかではないが、近年のゲノム解析の結果クネンボと構造が似ているとの研究がある[2]。
明治時代に入ると、以前よりミカン栽培に力を注いできた紀州有田は元より、静岡県や愛媛県等でもウンシュウミカンの栽培が本格化する。産地の拡大により市場競争が始まり、栽培技術の改善や経営の合理化が図られる様になった。またアメリカのフロリダに苗木が送られたのを皮切りに北米や朝鮮にも輸出される様になり、海外への展開も始まった。昭和初期にはナツミカンやアメリカから輸入されたネーブルオレンジ等も広く栽培され、柑橘市場の成長は最初のピークを迎える。
その後太平洋戦争に突入すると、食糧増産の煽りを受けて栽培面積は減少し、資材の不足と徴兵による労働力の減少により果樹園は荒廃した。戦後の復興期もしばらくは食糧難の解消が最優先とされ栽培面積の減少が続いたが数年後には増加に転じ、1952年に戦前の水準まで回復した。
そのまま高度経済成長の波に乗り、ミカン栽培は飛躍的な伸びを見せる。復興ブームによる果実消費の増大によってウンシュウミカンは高値で取引されるようになり、一部では「黄色いダイヤ」とも呼ばれた。1960年以後は行政施策の後押しもあって全国的に過剰なまでに増産され、1968年の豊作時には計画生産量を上回った。この頃には完全に生産過剰となっていたがなおも増産は続けられ、1972年には豊作とこの年から始まったグレープフルーツの輸入自由化の影響により価格が暴落。ピークの1975年には生産量は終戦直後の約8倍にあたる366.5万トンに達していた。
生産過剰に加えて1970年代よりアメリカからオレンジ輸入枠拡大の要請が強まり、政府はミカン栽培縮小へ方針を転換した。政府の政策は他種への改植を促す事にもなり、ウンシュウミカンの栽培面積が年々減り続ける一方で他の柑橘の栽培は拡大した。
1980年代からの日米貿易摩擦の中で1991年にオレンジの輸入自由化が始まった。円高も相まってオレンジの輸入が増大する一方で主に北米向けに行われていた輸出は途絶え、ミカン栽培は危機を迎えた。これに対して各産地では生産調整、品質の向上、価格が高い早生や極早生への切り替え等で対応し、ウンシュウミカンの価格は傾向として一時的に上昇した。しかし農家の後継者不足や果樹消費の多角化等、日本のミカン栽培は今なお様々な問題を抱えている。
近年では新たな販路として海外への輸出拡大が試みられており、主な輸出先である北米の他にも香港や台湾といったアジア諸国への輸出も始まった。中国等の海外産に比べて日本産のミカンは品質が良く、海外でも高い評価を得ている。
昔から「風邪の予防に良い」と言われるが、これはビタミンCやシネフリンといった風邪の予防に有効な成分が多く含まれているためである。その他にもビタミンAやクエン酸、食物繊維などが多く含まれる。白い筋にはヘスペリジンが含まれ、動脈硬化やコレステロール血症に効果があるとされている[3]。
また、果肉にはプロビタミンA化合物の一種であるβ-クリプトキサンチンが他の柑橘に比べて非常に多く含まれている。これには強力な発ガン抑制効果があるとの報告が果樹試験場(現・果樹研究所)・京都府医大などの共同研究グループによってなされ、近年注目されている[4]。
オレンジ色の色素であるカロチノイドは脂肪につくため、ミカンを大量に食べると皮膚が黄色くなる。これを柑皮症という。
ミカンのおいしさは、含まれている糖と酸の量・バランスやホロの薄さなどによって決まる。糖度が高いことは重要だが、酸の量も同様に味の決め手になる。
生食される事が多く、内皮を丸ごと食べる人と食べない人で個性も分かれている。また、むき方も「へそ」からむく方法と、へたからむく方法と、刃物で切る方法とさまざまある。
他に北陸地方、東北地方、九州地方など地域によっては焼きミカンといって焼いて食べる所もある。また凍らせて冷凍みかんにしたり、お風呂に入れて食べたり、下記の様に用途に応じて様々な加工品も作られている。ミカンの全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工されている。
ウンシュウミカンを食べる事によりダイエット効果を期待する方法がミカンダイエットとしてテレビ等で紹介された事により、近年脚光を浴びている。ミカンダイエットはある程度は科学的な検証にも基いており、人によっては実際に効果を期待出来る場合もあると考えられる。
食物繊維として含まれるペクチンには整腸作用の他、消化酵素のひとつである膵リパーゼの働きを阻害する作用があるとされる。これを食前に摂取することにより食物中に含まれる脂肪の吸収を抑制することが出来る。ペクチンは果肉よりも内皮(オレンジの皮と実の間の白い皮)に多く存在するため、内皮はむかずに一緒に食べることが望ましい。
またシネフリンにはβ3アドレナリン受容体に働きかけて脂肪分解と熱生産を促進する効果があり、体脂肪を減らす効果が高い。特に熟していない青い果実に多く含まれているため未熟のものを選ぶと良いとされる。
しかし、これらは即座にウンシュウミカンが優れたダイエット効果を持つことを意味するものではない。いくらこれらの効果が期待出来るとはいえ果実そのものにもカロリーが含まれており、ただ食べていれば痩せるといったものではない。ミカンからシネフリンを抽出しダイエット効果を謳ったサプリメントも市販されているが、シネフリンと刺激性物質(カフェインやカテキン等)を同時摂取した際の危険性も指摘されており[5]、使用には注意が必要である。
また、ミカンダイエットを大々的に報じた「発掘!あるある大事典II」2006年10月22日放送分においてミカンの血糖値抑制効果を示すグラフが提示されたが、後にこのグラフは改竄されたものであった事が報告された[6]。実際の測定結果では血糖値に目立った変化は見受けられず、ミカンダイエットの効果に疑問を呈する声もある。
漢方では未成熟なものの果皮を干したものを青皮、熟したものの果皮を干したもの陳皮として利用する。陳皮は七味唐辛子の材料としても用いられる。尚、中国における伝統医学「中医学」において、みかんは体を温める食べ物として分類されるため、風邪を引いた際には食べてはならない食品として認識されている。
その他、じょうのう膜を原料とした抗肥満剤や対肥満食品の研究も進められている(特開2005-040107)。
油胞と呼ばれる果皮のつぶつぶにはリモネンという成分が含まれ、プラスチックを溶かす溶剤として注目されている。
ミカンの搾り汁はあぶりだしに用いる事が出来る。特に冬には手軽に手に入れる事が出来るため、年賀状に使う事もある。また、ロウソクの炎にむかってミカンの皮を折り曲げ、飛んだ油脂で炎の色が変わるのを楽しむ遊びもある。